このページでは、NHK解説でもおなじみ、福井烈氏の選手時代の経歴などを掲載しています。拠点を日本に置き、史上最多の全日本7勝をあげるなど、国内で活躍したプレイヤーです。
解説者、コーチ
福井烈(ふくい つよし)
福岡県出身
170㎝/59㎏
1957年6月22日生まれ(2016年時点で59歳)
最高ランキング:177位
所属:ブリヂストンスポーツ
日本テニス協会常務理事
1979年にデビュー、1989年に引退
小学校5年より、兄の影響でテニスを開始。
中学時代より、本格的に取り組む。
柳川高校時代には、インターハイ3連覇、169連勝と無類の強さを誇った。
その後、2年間のアメリカ留学を経験している。
日本に戻ると、中央大学に入学、学生タイトルを総なめにした。
1977年には史上最年少で、全日本テニス選手権を制覇した(全日本では史上最多の7度の優勝を飾っている)。
1978年より10年間、デビス杯の日本代表として出場した。
1979年より9年連続で、全日本ランキング1位を維持。
1980年にはドイツ人と組んで、全仏OPダブルスに出場して、2回戦進出。
福井烈は活動拠点を日本においていた時期が多く、海外大会に出場したのは、5年間にとどまる。また、四大大会には、先述の全仏OPの出場だけにとどまった。
シングルスの通算成績は13勝32敗となっている。
1992年から5年間、デビス杯の監督を務めた。また、バルセロナ、アトランタ、シドニー五輪などでは代表監督、ヘッドコーチなども務めた。
プレースタイルは、正確なストローク、巧みなフットワークでベースラインを守り、機を見てネットに出るオールラウンダー。打球のスピードよりも、コントロールを重視して、粘り強くプレーするスタイルだった。
植田実(現デビス杯監督)とは、生年月日・血液型・出身地が同じで、小学校時代から大学時代まで、ダブルスを組んでいた。
現在はNHKの解説なども務め、テニスの普及にも取り組んでいる。
錦織に対しては「才能、周りのサポート、運も含めて改めて凄い」と語っている(トップ5入りをした時)。特に13歳で錦織を海外に出した両親の育成に関して、称賛している。